「花は香り、人は人柄」
私はサッカーが大好きです。自分の好きなチームがゴールを決めたり、ライバルチームを倒した時の興奮と喜びは、私は他では味わえません。中学生の時に本格的にのめり込み、毎日毎日遅くまで練習をし、いつかはプロになってみたいと思うほどサッカーが好きになりました。
本気で何よりも大好きだったからこそ、高校で受けた体罰や暴力的な指導によるチーム崩壊と言った経験は、私にある疑問を与えてくれました。
それは、「サッカーをすることの価値とはいったい何なのだろうか?」というものです。
ボールを遠くまで蹴れたり、うまく運べたり、網のついたゴールにボールを蹴り込んだところで、そんなことが何になるのか?サッカーについて深く意味を考え出した瞬間でした。サッカーはワールドカップがとても有名なことからも分かるように、世界中でプレーされており、多くの人々を魅了するスポーツの一つです。これを行うことが、人間にとってどういう風に良いことなのか?そしてこの疑問はサッカーだけでなくスポーツ全般や勉強に対しても抱くようになりました。
サッカーをするしない以前に、私たちは人間であれば誰しもが「より幸せに生きたい」と思っています。これはその上に出てくる人間のたくさんの他の欲求の中で最も根源的です。生きたいからこそ、食べたり飲んだり呼吸したりします。生きる必要がないと元々思っていたら、これらのことはしないでしょう。
では、人が「生きる」とはどういうことか。他の動植物とは異なる、人間だけが持っている性質。これを「人間性」と言います。そしてこの性質を発揮してより人として幸せに生きるという欲求を満たす力を「人間力」と言います。
生まれて栄養を取って成長し、子孫を残して死んでいくというのはその他の動植物と同じであり、これは人間性とは言えません。
ポイントは「より幸せに」の部分です。
地球上に存在するすべての生命体は、ものすごく強い生存欲求を持っています。動物たちも生きるために狩りをしますし、植物も生きるために根を伸ばします。質量保存の法則でいえば、我々人間の体も原子レベルで見ればすべて自然の中から出来ています。だからこそ、山を覆いつくすほど生える木々と同じく、我々のDNAにも「生きる、生きたい!」という抗えない欲求があるのです。
しかし人はただ生きるだけではどこか満足しない。「より以上」を求める性質があり、それが今日地球上でもっとも急速的に文明や技術を発達させてきた要因ともいえます。これは、人間性のうちの一つです。
話が少しそれましたが、人はサッカーを含むスポーツや勉強、また仕事等すべての活動を通してその人がより幸せに生きれるようになる点に価値があると感じたのです。いくらうまくボールを蹴れるようになって大金を稼げるようになっても、人間性を伴わない生き方をしていればその人はより幸せに生きることはできません。いくら勉強ができて良い大学や大手企業に勤めることができたとしても同じです。
もちろん知識や技術は確実に必要です。ただそれをどのように用いるか、どのように用いればより幸せになるか、がより重要なのではないでしょうか。
一番最初に、「花は香り、人は人柄」という言葉をご紹介しました。どんなにきれいに作った造花も、あの自然な甘い香りをを放ったり真に人を引き付ける魅力は本物の花には敵わない。人もどんなにたくさん勉強して知識をつけたり、技術や実力があったとしても、そこに人柄(=人間性)が伴わない人は人間的魅力はないという意味です。
将来大きな可能性を持った子供たちが、徳の香る人へと成長し、それぞれにとっての幸せな人生を歩めるようにしてあげられる点にこそ、物事の最も大切な価値があるのです!もちろんサッカーだって、どんな物事にも楽しむことや仲間を得ること等、たくさん付随する価値はあります。しかし人である以上、人間性を磨き人間力をつけることが最も根源的でどんな人にも必要な価値なのです!
学校は知識だけを学ぶ場ではないですが、評価や受験などの学力試験があることから、知識偏重と言われがちです。また人間性は意識をして自覚的に努力をしないと自然には磨かれません。勉強はできても、スポーツのトレーニングはできても、人間力の足りない人は世の中に数多くいます。学校とも塾とも違う、「スポーツマンシップラーニングセンター」で一緒にスポーツや勉強で正しく結果を出し、人生を変える人間力を一緒に学んでみませんか?
プジョル